平成29年9月26日 少しだけ気持ちがわかる
カープは今日、2軍も優勝しました!
凄いですね。
26年ぶりで、26年前も1軍とのアベック優勝を決めています。
2軍といってもメンバーが固定されているわけではなく
調子がよい選手は1軍に昇格することもあり、結果が出なくて
逆に降格してくることもあります。
上がったあと、1軍の試合に出ることなく、結果を出すチャンス
さえなく戻ってくることもあります。
昨年は1軍にいたこともあるけど、今年は一度も昇格してない
という選手もいますね。。。
2軍も優勝するということは選手層が厚い証拠ですが、それだけ
競争が厳しいわけで、選手たちは大変です(><)
中学校の時の陸上部(長距離)がまさにそんな感じでした。
特に私の同級生は最強で、県内1位と3位の選手を含め
トップ10入りするメンバーが他にも数人。
2年生から3年生にかけての頃がチームとしてもピークで
市内の駅伝大会では無敵でした。
私は3年生の夏に引退しましたが、その年の12月の県の
駅伝大会でも新聞には優勝間違いなし!、個々の選手の
持ちタイムが圧倒的すぎると出ていました。
しかし、、、
1区の選手がまさかのタスキをつけ忘れてしまい、失格する
という悲劇が起きたんですけどね(><)
で、話を戻すと、当時の私はAチーム(いわゆる1軍です)には
ギリギリ入れないけど、Bチーム(2軍ですね)には常に入れる
という状況で、学校自体はめちゃくちゃ強いので誇らしい反面
個人としてはもどかしい毎日を送っていました。。。
Bチームといっても他校のレギュラーチームを喰えるだけの
力があったので、市の駅伝大会ではAチームが優勝、Bチームが
5位なんてこともありました。
たまにCチーム(3軍?)が出ることもあり、それでも他校の
Bチームよりは全然強かったですからね。
そんな経験があるだけに2軍では結果が出ていても1軍には
いけないという選手の気持ちが少しだけわかります。
私にとっての陸上はたったの2年半だし、その結果でどうなる
ということもありませんが、野球選手は生活がかかっているので
話の次元は天と地の差がありますけどね。
でも、あの頃は本当に真剣で、なんとかAチームに入りたい一心で
頑張っていました。
これ以上は頑張ってものびないとなった時には、見えない力
(天性の素質?)を恨めしく思いました(><)
年代が違っていれば、あるいは学校が違っていればレギュラーに
なれたのに・・・と卑屈な考えをもつこともありましたね。
なので、少しはわかります。
そのくらい今のカープのレギュラー争いは熾烈ですからね。
とはいえ、プロはそれで食っている厳しい世界なので、世間の目は
1軍の選手、しかも活躍している選手にしか向けられないわけです。
年俸も全然ちがいますしね(@@)
う〜ん、厳しい。