今日は阪神淡路大震災が起きた日ですね。
あれから31年。
発生した時間(5時46分)にということはできませんでしたが、手をあわせました。
昨年16年ぶりに大阪に行った際、一瞬、住んでいた家のあたりを見に行こうかなと思いました。
兵庫県の宝塚市で、最寄り駅は阪急今津線の逆瀬川(さかせがわ)です。
が、梅田からだと往復の電車が1時間ちょっと、周辺を散策するのに30分としても時間的に微妙なので断念・・・。
どうせ行くなら乗り換え駅の西宮北口でも降りてみたいし、超久々に大学にも行ってみたいですしね。
結局、梅田駅の周辺を散策しました。
当時、私は大学3年生でしたが、前日の夜からサークルの先輩2人と私の家で麻雀をしていて、2人ともうちに泊まっていました。
そして、早朝にあの地震が発生しました・・・。
宝塚市の震度は6~7でしたが、私が住んでいたあたりは地盤がよかったのか、一部壁が崩れる程度で済みました。
古い木造のおんぼろアパートでしたが、近隣には同じような建物で倒壊したものもあり、かつ、私の家は1階だったので命を落としていてもおかしくありません・・・。
サークルの同級生の中で一人暮らしは、私を含めて6人いましたが、あの状況で独りでいるのは不安だったのか、一人また一人と私の家に集まってきました。
ボロい代わりに3部屋もあったので、普段から溜まり場になっていましたからね。
ただ、皆が住んでいたのは鉄筋のしっかりしたマンションなので、より危険な場所に避難して来たことになりますが・・・。
当時はまだ携帯電話はなかったので、固定電話でやり取りしたんでしょうね。
発災直後は停電でテレビを見ることができず、電話も通じないので、駅の公衆電話から実家に連絡して、とんでもないことになっていることを知りました。。。
水道とガスは止まってしまいましたが、幸い電気はすぐに復旧したので、情報収集と寒さをしのぐことはできました。
また、自宅住まいのサークルの同級生や先輩が心配して、水や食料を届けてくれたりもしました。
さらに、うちに避難していた友達の友達が風呂に入りたいだろうということで、5日目くらいに銭湯に連れて行ってくれることに!
ただ、、、
行きはまだよかったのですが帰りが・・・。
当時は通行止めの道路もあり、また電車が止まっていたので常時渋滞で、普段なら20分くらいのところが1時間半以上かかり・・・。
本当はいけないですが、幌つきの軽トラの荷台にみんなで乗っていたので、湯冷めして2人ほど風邪をひいて熱を出してしまい(><)
1月で、しかも夜でしたからね。。。
このままでは全員に蔓延するし、ライフラインの復旧の目処も立たず、学校が再開する見込みもないため、それぞれ実家に避難することにしました。
そんな特殊な時間を共に過ごした仲間たちですが、うち2人は友達の結婚式以来、1人は関東に転勤になったとき以来なので、もう20年以上会ってなくて、今や年賀状のやり取りもなくなりました。。。